うつは免罪符になるのか?考えてみた

うつ病になってからできることが減った、と感じることはありませんか?

「仕事・学校に行けない」「家事ができない」「外出できない」……気分の落ち込み、無気力、社会への不安といったうつの症状からできないことが増えていきます。

そしてできないことをうつのせいにしていると、うつ病に理解のない人たちから「あいつは甘えている」と見られるようです。

「私はうつだから」は免罪符になりえるのでしょうか?

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免罪符とは

めんざいふ【免罪符】

1.カトリック教会が善行(献金など)を代償として信徒に与えた一時的罪に対する罰の免除証書。中世末期、教会の財源増収のため乱発された。1517年、聖ピエトロ大聖堂建築のための贖宥(しょくゆう)に対しルターがこれを批判、宗教改革の発端となった。贖宥状。

2.罪や責めをまぬがれるためのもの。

免罪符ー出典:デジタル大辞泉

念のため免罪符の意味を載せておきます。

ここでは宗教的な意味合いを持つ1の意味ではなく、2の意味として免罪符と言う言葉を扱っています。

何かができないことの理由に自分自身の性格や甘えからくる気持ちを理由にするのではなく

うつの症状を理由とする、この状態をうつを免罪符にしていると定義します。

うつは免罪符になるか?

私の意見としてはうつを免罪符にしてもいいと思います。

まず第一に「うつを免罪符にするな!」とか言っている輩にはうつの苦しさは分からんわけです。うつのせいで○○ができない、と言われてもピンときません。頑張ればどうにかなるってもんじゃありません。どこからも力が湧いてこないから頑張れないのです。

健常者は違う世界の住人だと思っています。違う世界から比べられてもなあ・・・。

うつを言い訳にしたっていいじゃない。苦しかったらどこまでも逃げればいいじゃない。

生きてたもん勝ちです。

できないことを無理やりやってひどく苦しむくらいなら

できないことをやり続けるよりも命を絶つ方が簡単に思えるなら

うつを免罪符にして生きた方がいいと思うわけです。

うつを免罪符にして何してもいいわけじゃない

だからといって何をしてもいいわけではありません。

うつで休職・休学しているときに思い切り遊んでいる様子をSNSに書き込む、とかはやめたほうがいいです。

見ている周りもいい気分はしません。

どーしても書きたいならアカウントを使い分けるのもありですね。

精神疾患の方はリアルでのつながりアカウントと同じ病気を持つ人とつながるアカウント(通称病み垢)を使い分けている方が多いです。

うつを免罪符にして好き放題やっているとうつへのイメージが悪くなります。周りまわって自分が苦しむことになりますよ。

やはり、「どうしても無理!できない!」ことにこそ免罪符を使うのはありなのかなあと思います。

自分に当てはめた途端使えなくなる免罪符

ところがどっこい、こう書いておきながら私自身はうつを免罪符にしたくないです。

他人にはつらいなら逃げなよ!うつを免罪符にしていいんだよ!と言えるのに

自分に当てはめると「それはどーなのよ」という気持ちがわいてきます。

うつだからできません!と言うことが悔しいです。

みじめな気持ちになるし、自身の能力の無さを認めてしまうことになるからです。

うつだからできないが通用しない状況に置かれることもあります。

本当は良くないのでしょう。その状況下に置かれると過呼吸になります。

このように免罪符が使えない場合が多いです。

おそらく私のように免罪符を使うことに抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。

おわりに

うつを免罪符にして自分が楽になれるならどんどん使っていきましょう。

とはいえ、楽になれるケースは少ないです。基本的に健常者からはうつを免罪符にすることへの印象は悪いです。うつを免罪符にすることに罪悪感を感じてしまう人も使うべきではありません。

結論としてはうつは免罪符になる・・・しかし使っていい結果になるとも限らない。といったところです。

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