天国に思いを馳せている

天国とはどんなところだろうか?

毎日生きているだけでつらい私はふとこのことを考えただけで少し幸せな気持ちになれる。
夜寝るとき、暗い部屋、布団の中で目を閉じる。
不安や寂しさが押し寄せて眠れない。
鬱々とした気持ちで自分を責める。このままじゃダメだ。何か楽しいことを考えよう。
とはいえ、楽しいことなど特にない。
楽しいことをしたいと思う気持ちが消失している。
突然誰かにディズニーランドに連れていかれて「心行くまで楽しんでね♪」と言われたとしても
まったく楽しめない自信がある。
あらゆることから逃げてきた私にはもう逃げ場所がないのだ。
学校、仕事から逃げてきた。
残された逃げ場は人間いつか必ずみな行くところだ。
残された逃げ場は幸せで快適な場所であってほしい。
天国はこういうところだったよ!と生きている人間が見てきた話は聞いたことがない。
生きている人間が知っている天国は、想像、または亡くなった人から聞いたなどしたにわかには信じられないような話だけ。
だから私は好き勝手に天国を想像できる。
私の考える「理想の天国」はこうだ。

まず、人間の欲から解放される。
睡眠や食事をとる必要がない。物欲にまみれることもない。

人のカタチをとらず、魂で存在する。
既に亡くなった家族やあの世で会いたかった人に会える。
人の姿をしてなくても認識できて、魂で意思が伝わる。

常に柔らかな光に包まれていて、あったかい。
色とりどりの花畑が広がっている。
甘い香りがしているとなおさら良い。
アダムとイブの楽園もどこかにあるかもしれない。
禁断の果実のほかに美味しい木の実が生っているかもしれない。
人のカタチをとらないのに嗅覚や視覚があるのはなんともご都合主義だ。
想像だからなんでもあり、である。

輪廻についてはよく分からないが、天国にしばらくいたら
もう一度人生を歩む魂もあるかもしれない。
だが私は輪廻転生などまっぴらごめんなので天国にいたらいつの間にかとろけて消えてしまいたい。
想像を巡らせているうちにふと思う。
私は天国に行けるだろうか?
地獄に落ちるような悪いことをした覚えはない。
しかし天国に胸を張っていけるほど徳を積んだわけでもない。

この世から消えたいと常日頃思ってはいるが、自ら命を絶った人が行けるほど天国は甘くないかもしれない。
もし今私が命を絶ったところで、想像しているような天国には行くことはなく
真っ黒で何もないところにたどり着く気がする。
そこは完全なる無の世界で、しばらくするとまた人間に生まれ変わってやり直さないといけないような気がする。
天国は人生を全うした人に与えられるプレゼントであるといいなあ。
永遠の眠りについた人が安らかに眠れる場所であってほしい。
だとすれば私はまだ人生を全うしていないから天国には行けないのだ。
天国に行けるような人生を歩んで、自分の想像した「理想の天国」にいつの日か行きたい。

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