「苦しい・つらいのは自分だけじゃない」と思うと安心できますか?

以前、こんな記事を書きました。

自分の苦しみは自分だけのもの。誰かに分かってもらおうと期待するな。
「あなたは一人じゃないよ」 そんな言葉に敵意をむき出しにしてしまうひねくれものの理奈子でございます。 「一人...

私はひねくれものでして、「苦しいのはあなただけじゃない!同じ苦しみを抱えてる人はいっぱいいるよ!」と言われても反発してしまう人間なのでございます。

ところが、自分と同じ苦しみを抱えている人がいるのが分かり、安心することもあるのに気付きました。

あなたは、自分だけが苦しんでいるのではないと分かれば、安心できますか?

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慢性化した苦しみにはどんな言葉も効かなかった

双極性障害が寛解しないこと、孤独や不安を抱えていること・・・。

これが私の抱えている苦しみです。

誰かがこの苦しみを理解してくれるのではないかと期待していた時期もありました。

でも、所詮他人は他人で自分が期待している通りに理解してくれることはないことを知りました。

基本的に人間は自分のことで精一杯なんです。

誰も理解できないなら自分が理解するしかありません。

そうしているうちに時は経ち、自分にも手に負えないほど心の闇は深く、広くなっていくばかりでした。

「どうせ誰も分かってくれない」

この言葉の裏には「本当は誰かに理解してほしい」という意味が隠れているように思います。

慢性化した苦しみにはどんな言葉も響かなくなっていきます。

あなたはあなたで苦しい。私は私で苦しい。

同じ双極性障害でも人によって抱えている苦しみもその重さも異なります。

だからもうなぐさめの言葉なんていらないと思っていました。

他人の人生に責任なんてもてないくせに、甘い言葉を投げかけないでよと、さらに暗い誰も来ないところに逃げようとしていました。

「私だけじゃない」という気付き

ひねくれて、こじらせて、もうどんな言葉も届かないと思っていたのにそんなことはありませんでした。

検索エンジンで検索してたどり着いた記事やTwitterやブログで偶然見つけた文章を読み「なんだ、私だけじゃなかったんだ!」と安心することがありました。

同じような悩みで苦しんでいる人がいることが分かると、なぜ安心できるのでしょうか。

自分だけが苦しんでいるわけではない、他に仲間がいると思うと安心できるから?

苦しい原因が分かったことでほっとするから?

はたまた、自分とは違う角度での見方で新たな気付きがあるから?

安心する理由は人それぞれでしょう。いずれにせよ「私だけじゃない!」という気付きには意味があることを知りました。

私がひねくれものでも、あなたが素直な人ならば

誰も理解してくれないからこの苦しさをブログで吐き出してしまえと始めたブログですが、自分の苦しみを発信することは決して意味のないことではないと今は思えます。

「苦しんでいるのはあなただけじゃないよ。」

自身の体験を発信することで、あなたが少しでも「一人じゃない。私だけじゃない。」と安心することができるなら幸いです。

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