双極性障害を認めて受け入れることから始めてみようか

双極性障害で引きこもりの理奈子です!

双極歴は5年ですが、その間ずっと「双極性障害は苦しい。どうしてこうなってしまったんだろう。あのときああしてなければ。」と過去の自分を責め、未来を憂いていました。

もう治らない病気だと絶望し、なんども消えたいと願いました。

そんな私が双極性障害であることを受け入れようと思い立ったことを記していきます。

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双極性障害を受け入れたい

双極性障害であることをずっと悩み続けるのはとても苦しいです。

過去を後悔し、未来に不安を感じ悩み続けてきました。

いくら考えたところで双極性障害が治ることはなく、悩みは尽きることはありません。

この記事でも書いたように

双極性障害Ⅱ型歴5年・23歳女、自身の生きづらさと向き合う
双極性障害Ⅱ型歴5年、引きこもり無職の理奈子です。 ここ数日、これらの記事を書いていて改めて自分の生きづらさについて考えていました。 ...

私は双極性障害である自分と向き合い、生きづらさを軽減することを決意しました。

とはいってもどうすればいいものか。認知の歪みを修正することは長く苦しい戦いになるでしょう。それに、以前認知療法を試し挫折した経験もあります。

そんなときにこの記事を見つけました。

42歳「脳が壊れた」ルポライターのその後〜私が障害を受容するまで

受容には2種類ある。リハビリの現場などで忌避される受容は、「諦観を伴う受容」。自らの障害を認識した上で、抗うことをやめてしまうものだ。もう一方の受容とは、自らの障害を認識して見つめ、それによって周囲の環境調整を企図するものである。

これを読んだとき、私は何かがストンと落ちた気がしました。

私が5年経っても至らなかった境地にこの方は短期間で辿り着いたのです。

認めて、前に進もう。

私はずっと「双極性障害絶対治す」という気持ちと「双極性障害は治らず一生付き合っていかなければいけない病気だ」という諦めの気持ちの間で揺れ動いていました。

双極性障害であることを認めたくありませんでした。高校生まで健常者として生きてきたのに、なぜ自分ばかりレールから脱線してこんな人生を歩んでいるのか。足掻いて、普通に戻ろうとしてもうまくいきませんでした。

でも、もう5年も経ったんです。その間に周りは大学進学して就職して働いています。埋めようのない差ができました。

いい加減認めようよ、理奈子。双極性障害でもいいやと認めちゃおう?

そうじゃないと、前に進めない。

私は双極性障害だから、と何もかも諦めるのではありません。

「この症状が出ているときは○○が苦手。だから別の手段を考える」

「できないことは人に頼ってみる」

「うつでできないことも、うつが過ぎ去ればできるようになる。」

自分の特徴をどう捉えて、どう対処していくか?を考えていきます。

障害からくる症状を自身の性格だと考えてみる。

双極性障害は個性ではありません。

誰かが双極性障害のせいで性格が変わったと悩んでいたら私は「それは病気の症状だからだよ。」と伝えるでしょう。

でも、5年も躁と鬱をくり返していたらもうこれが私の性格のように思えてきました。

昔はもっと明るくて、リーダーシップをとりたがる性格でした。今はその面影もありません。

本当は病気の症状。ここで、発想の転換。個性と思い込むことで「じゃあこの性格とどう付き合っていけばいいのか?」と考えることにしました。

「病気を治そう!」と思っていた頃よりはずっと気持ちが楽です。前に進めそうです。

躁鬱に愛着が出てきた

このブログを始めて良かったことが一つあります。

それは私が双極性障害であるからこそ文章のネタがポンポン出てくるのかも、と気付けたことです。

2カ月ブログを書いてみて、抑うつ時にネタを思いつき軽躁時に文章にしているサイクルができていることがわかりました。

うつ期に入り、ブログを3日間お休みしている間にネタを3つ思いついたら

軽躁の時に一気に文章に起こしてしまいます。

うーん、クリエイティブですね!誰も褒めてくれないなら自分で褒めちゃうぞ。

障害にどう対応するか

受容、認めるといっても非常にふわっとしているので、じゃあ具体的にどうするのよ?といったところをお話していきます。

双極性障害は浮き沈みが激しい障害です。障害の特徴にプラスして自身はどういった特徴が出るかを把握します。

特徴を把握しなければ対策を立てることもできません。

私はⅡ型なので軽躁~フラット~うつの3パターンに分けて対策を立てることにしました。

恐らくラピッドサイクラーに分類されるのでそれも考慮します。

一番つらいのは抑うつ時ですね。

うつが来ると何もできません。呼吸しかできません。

なので、呼吸をしていればOKということにしてしまいます。

経験上、うつは絶対に過ぎ去ります。嵐が来たら外に出ないでじっとしているようにうつが来たらジタバタしないでおとなしくします。

フラットは一番過ごしやすいです。

この期間は抑うつ時にできない外出やブログ執筆ができるようになります。

溜まった家事もすることができます。

軽躁はフラットと同じように分類すると危険ですね。

思考や行動が暴走しがちなので自分を抑える必要があります。私の場合暴走するとその後すぐうつに突入します。

「あ、今軽躁だ!」と気付いたときにはあまり多くのことをこなさないように気を付けます。

自分の状態が把握できたら家族に「今私鬱です」「はしゃぎすぎて落ちてきています」と宣言してしまいます。

そうした方が理解を得られることが分かってきました。何も言わずに落ち込んだり泣いたりしているよりは対応しやすいそうです。

・・・とまあこのように少しでも生きていきやすいように自分の特徴を見直して対策を立てているところです。

おわりに

これは私が自身の生きづらさと向き合う過程にすぎません。

時が経てばまた考えが変わり実践していることも変わるかもしれません。

もしかしたらいつの日かゴリゴリと認知療法実践しているかもしれないしね。

これからも障害を諦めることもなく、戦うこともなく、どう付き合っていくか探していきたいです。

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