「今日も、死ねなかった」を繰り返してたら5年生きていた

こんなに死にたいのに、自殺できない自分は意気地なしだ。

いざ行動に移そうとすると、できない。ぞっとする。

痛いのはいやだ。失敗したらどうしよう。死ぬのは怖い。死んだらどこへ行く?

自殺念慮がやってくる

久々に重い希死念慮が来た。

死にたいが「死ななきゃ」に変わり、自殺念慮になった。

辛い気持ちを誰かに聞いてもらったところで死にたさは消えない。

くだらない話をして笑っているときでさえ死にたい。

「昨日まで笑ってたのに」「またねって約束したのに」突然自殺する人はずっと自殺念慮を飼っていて、笑ってても死にたいし楽しいことしてても死にたい。死のうと決めたら死んじゃうから素振りを見せずに突然死んでしまう。

周りはその人の死にたさを「いつものこと」と思っている。

いつもと違う様子があるなら気を付けることもできようが、慢性化した自殺念慮と生きている人こそ気を付けられないぶん厄介なんじゃないだろうか。

5年間自殺念慮と一緒にいるから、自殺念慮の対処法について話せればよかったのだろうが今のところそんなものはない。

ただ、待つしかない。

自殺したくなったら、死にたい気持ちがが去るまで待つしかない。

自分を責める考えと偏った思考が脳内をぐちゃぐちゃにする。

こんな状況慣れたくないが慣れたもんだ。

自殺念慮に解決法はない。誰かと話しても消えない。

自傷行為をしたい。でももうしないと決めたからできない。逃げ場がない。

自殺念慮が現れたら、薬を飲んで寝る。これに限る。

うつのときは体が重くて行動できない。
軽躁のときは死にたさはない。

抑うつ気分に行動力が合わさった混合状態は危険だと思う。

とりあえず、生きてみる。

双極性障害に波があるように、自殺念慮も波がある。

やり過ごすうちに、いつの間にか死にたさが消えている。

「今日も死ねなかった」、それでいいじゃないか。
それを繰り返してれば月日が経っていく。気付いたら5年経っていた。

くり返してたら5年が6年に、10年になっているだろう。

それぐらい経ったらあの時死ななくてよかったと思える日が来るかもしれない。

死ねない自分は意気地なしだろうか。
意気地なしでもいいんじゃないか。

とりあえず、今日は死なない。とりあえず、生きてみる。

朝目が覚めて真っ先に思い浮かぶ言葉が「死にたい」。この絶望感といったら。

自殺念慮が完全に消える日は来るのだろうか?

分からない。死にたいまま生きている。

そう、死にたいまま生きていたっていいじゃないか。

死なないためにできること

希死念慮が頻繁に訪れる人に試してみてほしいことがある。

希死念慮が度々やってくるが、希死念慮が無いときは楽しいや嬉しいといった感情があるあなたへ。

何か楽しい予定を入れよう。

毎日つらくて苦しい日々だけど、ささいな楽しみがあればなんとか生きていけるかもしれない。

旅行の予定を作ってみる。人と会う用事を作る。

せめてそれが終わってから死のうじゃないか。

そんな金ない?友達もいない?生憎、私もだ。

ドラマでもアニメでもゲームでもいい。

最終回を見るまでは死ねないと考えてみる。

それをくり返す。そしたら、生きている。

希死念慮が頻繁に現れ、楽しいや嬉しいといった感情を感じられないあなたへ。

もう心が死んでしまった。

楽しいことも嬉しいこともない。人生お先真っ暗、この先生きていてもいいことない、だから死ぬしかない?

死ぬ前に、何か気になることはないだろうか?

しがらみが多いほど死ねないものだ。

遺された家族、友人、恋人の顔はチラつかないか?

周りの人はどうでもいい?なら遺品はどうなる?

パソコンのデータは大丈夫?見られて恥ずかしいもの残ってない?

・・・なんて考えてると、じゃあ今日はやめようと思える。

こんなに遺品があったら迷惑だよな。せめてエンディングノート作ってから死のうかな。

結局死にたさはいなくなって、整理もしなければエンディングノートも書かない。

もう自殺の準備をしてしまった、ロープを作った、薬を準備した、いつでも自殺できる状態のあなたへ。

そこまでやったのに私のブログを見に来てくれてありがとう。

私が言えることは、実行する前にその準備道具をカバンに入れ、行きつけの病院に今すぐ言ってほしいということだ。

そして準備した道具を見せ、今にも死んでしまいそうだということを訴えてほしい。

まだ道はある。まだ死ぬときじゃない。

最後に。

今、死にたいあなたへ。

とりあえず今日はやめてみないか。

もうちょっと、あとちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。

毎日毎日騙し騙し。

逃げてもいい。好きなことすればいい。世間の目も今は忘れて。

生きてたらいいことあるよ、なんて保証できないけど

なんで生きてなきゃいけないんだ、そんなの私も知りたいけど

とりあえず、生きてみないか。

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