死と向き合うのは必要なこと。葬儀場の見学会に行ってみた

「タダで食事食べられるよ」

そんな甘い言葉に釣られたわけではありません!決して!

足の悪い祖母の付き添いで葬儀場の見学会に行ったのですが、思った以上に死について考える機会となりました。

葬儀場の見学会に行ってみた

知人に葬儀関係の仕事をしている人がおりまして、その人から「見学会来ない?」と誘われたので祖母と行くことになりました。

葬儀場に特に興味があったわけでもなく、私自身まだ20代ですから葬儀に実感もなく、家族も元気で今にもすぐ葬式のことを考えておかなければいけない人もおらず、見学会自体に興味はありませんでした。

ご飯食べさせてもらえるらしいし、足の悪い祖母の荷物持ちとしてまあ行ってみるかーと軽い気持ちで行きました。

まず、式場内の見学をしました。

少人数の葬儀や家族葬に向いているホールということで、こじんまりとしていましたが窮屈さはなく、明るく清潔感がありました。

祭壇の周りには料理、返礼品、お棺、仏衣などのサンプルがありました。

湯灌の流れの説明ボード、互助会のPR動画を見た後、お葬式にかかる費用の説明を受けました。

最後に控室を見学し、食事をしました。

かかった時間は1時間ほどでした。

幸いなことに、私はまだ物心ついてからお葬式をこの目で見たことがありません。

幼いころ参列した記憶はあるのですが、ぼんやりとしか覚えていません。

なので今回見学会に行ったことで「お葬式ってこんな場所でするんだ。最低でもこれぐらいお金がかかるのか。」と実感が湧きました。

軽い気持ちで行きましたが、見学会に行って良かったです。

「死ぬ予定はありません」

知人が見学会の案内をしていると、「家族に死ぬ予定のある人はいませんので結構です」と断られることがあるそうです。

死ぬ予定はない・・・それを聞いてちょっと笑ってしまいました。生きているものは全て死ぬ予定はあるんですから。

自分も身内にもすぐに死にそうな人はいなくても、いつか来る死を考えておいた方がいい理由はあります。

家族が亡くなったとき。皆悲しみに暮れるでしょう。

しかし、一番悲しいであろう身近な家族は悲しんでいる暇がありません。

お葬式をしなければならないからです。

お葬式はお金がかかります。

ショックで頭が回らなくても、棺はどれにするか、遺影にどの写真を使うか・・・決めなくてはいけないことがたくさんあります。

家族が亡くなったときに様々なことを決めないといけないのは想像以上に負担が大きいものです。

事前に決められることは決めておいた方が安心です。

自分が死んだあとはこうしてほしい、という意向を伝えておくことで

残された家族も迷わず決めることができます。

見学会には家族で来ている人もいました。

まだ若いから関係ないでしょ?そんなことはありません。

私の祖父が亡くなったとき、祖母は心神喪失状態になったそうです。

葬儀を進めなければいけない家族がそうなってしまった場合、誰かが心神喪失になった家族のサポート、誰かが葬儀を進めていかなければなりません。

よって、家族全体で「我が家は誰かが亡くなったらこうする」という決まりを共有しておくと良いでしょう。

まだ若いから葬式のことを知らなくてよい、などということは決してないのです。

死と向き合うことの大切さ

人間はいつか死ぬ・・・できれば避けて通りたい話題かもしれません。

死亡者数は右肩上がりで、2039年にピークを迎えると言われています。

火葬場不足も懸念されており、死んでもすぐ葬式も火葬もできない・・・という将来が訪れ始めています。

参考リンク:「多死社会」を乗り越える 故郷葬で火葬場不足を解消

第1章 第1節 1 (2)将来推計人口でみる50年後の日本―内閣府

つまり、いつか訪れる死に備えておく必要性が今後さらに高まるということです。

いつかは訪れる死を、避けて通ることなく向き合ってみませんか。

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