双極性障害が寛解したとしても、うつのどん底で苦しかったことは忘れたくない

喉元過ぎれば熱さを忘れる、と言いますが本当にそうかもしれません。

私はゆっくり時間をかけて体調が安定するよう療養しています。

病院に通い、薬をきちんと飲み、なるべく規則正しい生活と食事を心がけていますが、まだ万全とは言い切れません。

でもきっと、「どん底」は抜け出したのだと思います。

そして段々と、うつで苦しかったことを忘れているような気がします。

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どん底からの脱出

もう嫌だ、早く、一刻も早くこの世からいなくなりたい。

しにたい、はやくしにたい、しにたいしにたいしにたい消えたい消えたい消えたい・・・

頭の中から思考を追い出すことができず、自分を傷つける言葉が鳴りやみません。

命を絶つことを何度も考えました。

この先、生きていてもいいことはないと確信していました。

今もふとこの思考が頭を過ぎることはあります。

しかしどん底にいたころと比べると、異常なまでの思考の繰り返しはなくなりました。

1年半ぐらい前に苦しんでいたことを考えるとどん底からは抜け出せたんだなと気付きました。

それと同時に、怖くなりました。

あんなに苦しかったことを忘れてしまっていいのだろうか?

そんな経験無かったかのように忘れていいのだろうか?

きっと忘れられれば幸せなのだと思います。

苦しかったこと、つらかったことが少しでも和らぐよう、時間が解決してくれるように人は「忘れる」ようにできているのではないでしょうか。

それでも私は忘れたくないです。

苦しかった経験を鮮明に残すことはきっと無駄にはなりません。

うつのときって、励ますような言葉がつらいですよね。

私は抑うつ時ベッドから動けないでいる夜はスマホの検索窓に苦しい気持ちを打ち込んで検索していました。

励ましの言葉は全然共感できなくて、それを読んだからといって苦しみは全然楽になりませんでした。

心にしみたのは同じ病状でつらい思いを経験した人たちの言葉でした。

私のつらかった経験と記憶が、うつで苦しんでいる方に寄り添うことができたら。

なんとか、生きてみようかなと思っていただけたら。

そう思い、こうして文字を綴っています。

いつまでこの苦しみが続くのだろう?

どん底にいるときは「ああ、今自分はどん底にいるな」と思うことができません。

きっとこの苦しみは永遠に続くんだ。

生きていても絶対いいことなんてない。

どん底にいるときはそう確信していました。

脱出してみてもまだ、生きづらいな、いいことなんてあまりないなあ、明るい将来も見いだせないとネガティブな気持ちは続いています。

ですがどん底にいたときよりは思考は和らいでいます。

のらりくらりと「もう終わりにしよう」という気持ちをかわしてきました。

その結果、生きています。

今日はやめておこう。今はやめておこう。とりあえず、お薬飲んで寝てしまおう。

そうやって過ごしていたらいつの間にか一番苦しかったときから這い出ていたようです。

ポジティブじゃなくていい。完治を目指さなくていい。

以前は「双極性障害を治したい」と考えていましたが現在は「障害とどう付き合っていくか?」を考えるようにしています。

無理にポジティブにならなくてもいいんですよ。

相変わらず、生きづらい。気分に波はあるし、突然寝込んじゃう。生きていて良かったとも思えない。それでも生きてるからいいのかなあなんて思っています。

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